「アウガ」が「なぜ失敗」したのか、検証が必要だ

By | 2017年4月17日

総事業費185億円をかけ、国・県・市の補助金40億円超を注いで建設したアウガは、オープンから16年で、巨額な負債を抱え、倒産しました。

コンパクトシティの象徴としてもてはやされた青森駅前再開発ビル「アウガ」ですが、運営主体の第三セクター青森駅前再開発ビル(株)が3月末で解散し、商業フロアの1-4階には住民票などを取り扱う市民課などの「窓口機能」が入ることになります。

アウガの歴史
1977年 青森商工会議所が、「青森地域商業近代化実施計画」を策定
1979年 青森駅前地区市街地再開発事業基本計画を策定
1990年 青森市が、再開発組合を認可
1992年 第三セクター青森駅前再開発ビル(株)設立
1904年 西部百貨店が撤退
2001年 開業/初年度、約2億5千万円赤字決算
2015年 アウガ再生プロジェクトチームが公共化を提言

政治はすべて結果です。

これまで青森市がアウガに注いだ市税等は約216億円に上ります。

青森駅前再開発ビル(株)が設立されたのが1992年。バブル経済が崩壊するさ中でした。

西武百貨店は当初、中核テナントとして入居する予定でした。しかし、バブル崩壊をうけ、22億円以上払って、出店を辞退しました。

一方、青森市は当初計画を変更できませんでした。空きスペースを埋めるため、図書館と駐車場を整備する方針を決定。残りの保留床を三セクが買い取り、テナントに貸し出す手法をとりました。

当時を知る人は「『白紙に』との声もあった。
しかし、すでに市場は解体されて、他の場所に移って仮設店舗で営業していた。
とても引き返すなんてできなかった」と話しています。

計画転換ができず、ミスを繕おうと、さらにミスを重ねた。

当時、青森市の意思決定はどのように行われたのか。責任追及ではなく、二度と同じ過ちを繰り返さないために、冷静な検証が必要です。

もちろん、それを追認した市議会にも責任があります。どのような議論があったのか、これも検証が必要です。


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